Atsutaka Manabe

ジュネーブ・カルバン教会でのチャリティーコンサート


Mar 22, 2015

一昨年、ベートーベンの最終ソナタ作品111を弾いた思い出の場所、ジュネーブ。その旧市街にあるカルバン教会で、昨日、音楽の友人たちと再びジョイントコンサートを開催することが出来ました。私の持ち時間は三十分前後ということだったので、今回はショパンの三曲を中心に、前にバッハ=ペトリ、後にブラームスでサンドイッチ。友人の演奏を含めた全体のプログラム構成は別タブのpast performancesを見ていただければと思います。ブラームスの間奏曲が、ソプラノのVivienが歌うブラームス歌曲八曲のちょうど真ん中を割る形で入っているのが、とてもしゃれています。

教会でピアノを奏でるという事は、私にとっては特別の意味を持ちます。今回のプログラムでいえば、バッハのカンタータはもちろんですが、ショパンの幻想ポロネーズ、そしてブラームスの間奏曲のような作品を、人間の苦悩や哀愁というものに対する神様の関わり、そして支え、というようなメッセージとして解釈したいと思うのです。

さらにこの教会で弾くときには、会場にお越しくださったお客様のために加えて、わたしにとってもなついてくれた親友の娘さんのことを考えて演奏します。まだまだ限られている自分の表現力ですが、作品の演奏を通して人にメッセージを届けるというのが自分にとっての永遠の目標ですし、今回は少しだけれどそれが出来たかな、と思っています。

ちょっと面白かったのはショパンの革命ポロネーズ。教会の音響は極めてライブで、会場の後ろの方に行くと細かい十六部音符のパッセージが分離できないほどなのです。ペダルをずっと少なくするか、場所によっては全部思い切ってとってしまえばいいのですが、足もある程度弾き込まれている、いや、踏み込まれているので、ばさっと変えるのはとても勇気が要ります。本番では会場の残響を聞きながら少しは浅めに踏んでみたつもりですが、いろいろな場所に座られていたお客様にどう聴こえたのか、ちょっと自信がありません。でも、最後の四つの和音、変な表現ですがそれはそれは豪快な余韻。鳴らし終わった直後から、余韻が一体いつまで続くのか、耳で楽しみながら追っていました。終演後の懇親会で、お客様の一人に、オーケストラ作品みたいな革命、と言われました。お風呂状態、もたまには悪くないですよ。

さて、明日からは、イースター聖土曜日でのコンサートの準備です。今回は私一人。”歌”を テーマに、ジュネーブと同じくバッハ=ペトリの誕生日カンタータからはじめ、シューベルトの愛らしいテーマを持つ即興曲作品142−3、そして”シンプルに、そしてカンタービレ”と書かれたベートーベンの作品111の二楽章だけ単独で取り上げます。キリスト教としてはクリスマス以上に大事なイベントであるイースター、その中で弾くコン サートですから、一曲一曲をより丁寧に、より大切に弾いていきたいと思います。

 

p.s. 明日がペトリの誕生日であることを、本日配信の荒井千裕さん発行メールマガジンで偶然知りました。彼女のことについてもいつかこのブログで書かせていただこうと思います。私のリンクから彼女のホームページへ飛べます。