Atsutaka Manabe

ふたたびのBeethoven Op.111


Apr 5, 2015

昨日、バンベルグでのイースターコンサートが終了しました。

今回のメインとなるBeethoven Op.111の第二楽章。一般的にはあまり知られていないソナタであり、かつ二楽章だけで17分と非常に長いので、老人ホームでの選目として適切だろうか という心配はありました。ですが、イースターの時期に、祈りと救いをテーマとしたこの曲をぜひ弾きたいという思いが勝り、プログラムに入れさせていただき ました。

この曲、私の実力では余裕を持ってというわけには行かず、特に前半部、若干の乱れを生じてしまいましたが、それでも最後まで集中力を切らさずに、想いのたけを込めて弾き切りました。そして、終演後、一部のお客様から、いままで自分で経験したことのないような賛辞をいただきました。おひとりの目には涙のあとがありました。自分でどう反応してよいのか、とまどったほどでしたが、曲のメッセージがお客様に伝わったということがこれだけダイレクトに感じられたのは初めての経験であり、本当にピアノを弾いていてよかったと思えるひとときでした。さらに、今後も自分の感性をもっと磨かねば、精進せねばと誓った日にもなりました。

作品を人のために弾けるようなピアニストになりたいという思いが私には常にあるのですが、練習不足、実力不足の状態ではお客様に迷惑をかけてしまう可能性まであるのです。それを避けるため、いままでは本番前に無理な部分練習をしたり、精神的に張り詰めることも度々だったのですが、今回の準備段階では自然体で臨み、そして本番ではできるだけ集中する、そういう方針で望んだことが結果的に良かったようです。

 

ドイツの作家、トーマス・マンの著作で”ファウストゥス博士”という大作があります。この中で、登場人物の一人、Kretzschmarが私的な集まりで語るテーマ、それは、ベートーベンは作品111で、なぜ第三楽章を書かなかったのか、という問いなのです。 

答えがどうなるかはさておいて、そこに出てくる言葉遊び(語呂合わせ)を以下に紹介しておきます。

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テーマの”c--g-g-----”,"d--g-g-----" はドイツ語で ”Him-melsblau(空の青さ)”、あるいは ”Wie-sengrund(草原)” と歌える。

そ して後半、ふたつめのテーマがアウフタクトのcを伴い、そして "cis-d-g-g----"と柔らかくなるところは、"O - du Himmelsblau(ああ、この空の青さよ!)", "Grue-ner Wie-sen-grund (緑の草原よ!)" とフレーズが伸びる。

そのcisの一音が持つ意味、それはきわめてやすらかであり、なぐさめになり、そしてかなしくも融和的な世の営みを現すものなのであると。

そ して最後は、同音形のまま、 "Nun ver-giss der Qual! (さあ、悩みを忘れよ)"、"Gross war − Gott in uns.””Alles - war nur Traum." そして"Bleib mir - hold gesinnt" と意味が変わるのである。

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テーマの音形に合わせてこれらを口ずさんでみると、トーマス・マンの深読みがわかるような、わからないような。

しかし、いったいどうすればひとはこんな曲をかけるのだろう。

私が掘り下げるには、まだまだまだ、時間がかかりそうです。